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先日の第90Q感想から、緑黒考察だけ分離しました。なんだか長くなりそうなので……。
ちなみにまだ分割してコピペしただけなので完結してません。上手く言葉がまとまらない。
大好きな緑黒サイト様で「こ、これがいいたかったのよぉおおぉお!!!!!」って素晴らしい感想を見つけたのですが、最後まで自分の言葉でもかたってみよう的な努力を一応してみる。でも今日は寝ます。最近会社でミス連発してるんで。み、緑黒祭に浮かれてる場合じゃない! でも浮かれちゃうのはしょうがないよね! よね!
自分が(考察でも小説でも)文章を書くときって、いつも人様の文章が読みたくなります。他者の存在なくしてオリジナルの検出はありえないというか、そんな感じです。
うぁ、なんとゆー頭の固そうな文章なんだ↑の文。
そんなわけで、次から緑黒の関係性について考えてみました。
どうもね、原作を読んでると ? って思うことが時々あります。主に黒子の口から語られる「歪んでしまったキセキ」像と実物の差異。
わたしにとってこの違和感が一番大きく感じるのが真ちゃん。黒子が言うほど「勝たなければ意味がない」という子には思えない。
絶賛中二病だった黄瀬のほうがその気は強いと思うのです。黄瀬にしたって中二病であっただけであって(失礼なのも大概にせぇよお前)スポーツに関しての認識自体が歪んでたというのは微妙に違うような……ってこの辺の語りはいずれまた。
じゃあ、帝光時代から現高校時代までで、緑黒の関係性が大きく変化したのか? と問われれば、やっぱりそれはノー、であると思う。
青峰の才能が開花した時、多分青峰側の心境に一番早く気づいたのは真ちゃん。オタクの妄想具現化である同人誌ではどうだかわかりませんが、本家様の描写を見る限りはそうです。
当時登場してない赤司と真澄様(うちでの紫原のあだな(笑) むらさきばら→むらさき薔薇→紫の薔薇のひとっつったら真澄様だろ!! ってことで)を込みで考えたとしても、真澄様はああだし、赤司も青峰側に立っては考えてくれなさそうなんですよね。
黒子も青峰の異変は感じ取っていたわけで、言うなれば、キセキの世代が歪む前からこの二人のバスケに関する考え方は近いものがあったといってもいいかもしれない。
ただやっぱり能力の違いが環境の違いに直結してしまっている部分はどうしてもあって、そこが元で、良い意味で自分は自分、相手は相手っていうスタンスは確立されたんじゃないかな。青峰みたいに寄り添うほどじゃなくて、黄瀬みたいに一方的でもない。ちょっともどかしいような中途半端な距離。
あ、なんかやたら黄瀬に対してあたりがキビシイ描写がばっしばっし続いてますが黄黒が嫌いとかどうこうじゃないのです。がっつり読みます。読むだけなら黒子受に関しては相当雑食ですよ!
初期の黄黒にはどうしても溝というか温度差というか、価値観の大きな違いを「黄瀬側が」認識できていないように見える、というのがわたしの持論なんで、そのへんからくるゲロカス妄想だと思ってください。このポイントも語ると長いのでまたいつか。
で、話を緑黒に戻しますね。
キセキの世代としての緑間は歪んでいたのか?
個人的にはノー、だと思います。
あくまで印象論なんですが、青峰側に立って青峰のマイナスの変化に気づけるって、結構な観察眼だと思います。まずあの年齢で相手の立場にたってってのが難しい。少なくともわたしが中坊の時にはそんな精神的に大人じゃなかった(それはわたしだけのような気もするが)。
ただ真ちゃんは超がつくほど努力家なんで、努力した結果としてしっかり実力がついてきてしまった。おまけに(多分)スカウトまで来てスポーツ推薦が確定(まぁ推薦なんぞなくともどこにでも入れそうだが)。
スポーツで推薦とったのなら、高校に対して「自分にはそういう(バスケットで高校の知名度をおしあげることのできる)価値がありますよ」と了承したことになります。そこに価値を見出しているからこその推薦なのですから、当然高校に勝利を捧げる義務が発生するわけです。
多分帝光在学時代もそうで、最初は好きで始めて、できるようになったら楽しいからずっと頑張ってたものが、気づいたら「帝光の看板」というびみょーにいらんもんを背負わされて、「キセキの世代」なんて呼ばれるようになっていた。周囲は自分達の感情より先に勝利という結果を望む。
これってテストでいい点取ったよーって親にほくほく見せに行ったのに、ろくに話も聞かないで「じゃぁ次はもっとがんばらないと」って言われるのに等しい。
自発的に背負うのと、いつの間にか背負わされたものでは当人達のモチベーションは大きく変わります。心理学でも実証されている内容ですが、人間、選択肢を提示されるのとされないのでは本人の意欲が大きく違うそうです。
かがみんも言ってた「勝たなければ意味がない」を、黒子も「キセキの世代が言ったかのように」言ってました。だから多分帝光時代にそういうことをいった大人だか監督だかがいたんでしょう。人間、自分がむけられた言葉は無意識でも残ってるものです。
黄瀬は黒子との対戦後に泣きました。そんでなんだかいいバスケをするようになった。けど、真ちゃんはお好み焼き屋で黄瀬のことを「あの頃に戻っただけだ」なんていってます。悪い変化だという表現ではない感じです。つまり真ちゃんにとっても「あの頃」は「楽しかった」。
真ちゃん自身は好き嫌いでバスケはしてないない、とも明言してるので、上記の高校に対する義務うんぬんはキセキの中で真ちゃんが一番理解していた、ないしは強く感じていたのじゃないかと。だって他の面々の態度どうよ……。
だけどいまさら義務を手放すことが許されるはずもないので、義務を果たしながら、孤立もかまわずもくもくと秀徳でバスケをしてたんですね。よかったね高尾がいて……!
で、ここからがwcの緑黒語りに入るわけですが(前ふり長いっつの)寝る時間になったのでいったんここまでで。 続きはまた。
2010/10/21 考察もどき Trackback() Comment(0)
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